黄昏の時間~たそがれどき~
〔1〕夜の一時
優しく包み込むように淡い月明かりが差し込んでくるモノトーンで統一されたマンションの一室。 その中で揺れ動く影。薄暗い部屋の中で聞こえてくるのは、シーツの擦れ合う音とベッドの軋む音、それと二人の息遣いのみ。白いシーツの海に身体を投げ出し、思うがまま、欲するままに愛撫を繰り返す。月明かりにきらめく髪が、小麦色に焼けた肌の上を滑る。 ゆっくりと壊れ物を扱うように優しく、身体の輪郭を確かめる指先。餓えた野獣のように激しく、すべてを吸い尽くしてしまう唇。どちらともなく引き寄せ合い、互いに最高の瞬間を求め合う。金色に輝く月、夜空に散りばめられた星たちが優しく二人を照らしている。月明かりの下で静かに火照った身体を重ね合わせ、休息をとる。言葉も交わさず、ただ、相手の温もりを感じを感じ、呼吸を整える。そして再び甘い触手が伸ばされていく。そして毎夜のように繰り返される甘く危険な時間。
「久しぶりだね、みんなに会うの、何年ぶりだろうね」
ベッドの上で大きくの伸びをしながら悠は隣人の圭に問う。
「ああ、そうだな」
圭はサイドテーブルから煙草を一本取り出して火をつけながら答えた。
「いきなこと考えたわよね、みんなでキャンプなんて」
悠は圭に寄り添いながら圭を見上げた。
「あっちまで行くのは面倒だけどな」
紫煙が薄暗い部屋に散る。悠はそれを消えるまで眺めていた。圭は煙草を消すと、ゆっくりとベッドから出てガウンを羽織る。それに気づいた悠は身体を起こし声をかけた。
「どこいくの?」
「バスとキッチン」
圭はそういうとドアのほうへ歩き出した。
「あっ、まって」
悠もガウンを羽織ると圭の後に続いた。シャワーを浴び、さっぱりした二人はガウン姿のままキッチンに向かった。圭は冷蔵庫から冷えたビールを一本取り出し、リビングの悠に向かって一本放った。悠はそれを上手く受け取りソファに腰掛けた。圭もビール片手に窓辺に歩いて行った。プシュッ!と、静まり返った部屋に響く。
「ぷはぁ~、うまい!」
悠は一気にビールを胃に流し込んだ。火照った身体に心地よい冷たさが流れるのがわかる。
「やっぱり、お風呂上りのビールって最高ね」
ソファの上で片膝を抱きながら、圭のほうを見やった。圭はレースのカーテンを開け、夜空を見上げていた。
「今夜は最高だな」
「何よいきなり?」
悠は窓辺に立つ圭に問いかけた。
「ん、別にどうしたって訳じゃないんだけど・・・久々なんだ。こんな綺麗な夜空を見るの・・・」
うっとりと夜空を見上げ、圭は呟いた。
「いつもと変わりないと思うけどなぁ」
悠も半信半疑で、圭の脇に立ち夜空を見上げてみる。ところが見上げた夜空は、真っ暗な闇の中に宝石を散りばめたように、星たちが輝いていて、その様は、圭が言った通り綺麗としか言いようがなかった。
「すゴーい!こんなに星っていっぱいあったっけ?」
さっきはあんな事を言っていた悠だが、夜空を目の当たりにすると驚きの声をあげていた。
「な、最高だろ今夜は・・・」
月明かりの中、肩を寄せ合い、二人は暫く星空を見上げていた。
「悠」
圭は悠の目尻に触れるだけの軽いキスをした。
「好きだよ」
次は頬に。
「圭、やめて、擽ったいよ」
悠は顔をそむけようとする。
「愛してる」
そっと顎を持ち上げ、静かに顔を近づけた。触れる唇。
「圭、酔ってるでしょ?」
圭の胸に額を押し付けながら悠はいった。
「何故そんなことを聞くんだ?」
「いつもより優しいから・・・」
「きっとそれは、今夜の夜空のせいだろうな。とっても気分が良いんだ」
顔を上げた悠の目の前に圭の笑顔があった。
「明日、晴れるといいな?」
「うん」
普段なんに関してもあまり表情の変わらない圭だが、悠の前ではとても嬉しそうな笑顔を見せる。悠はその笑顔に弱い。それを知っているのか、圭は優しく包み込むような笑顔で悠を抱き締めた。
ボーン、ボーン、
リビングの柱時計が静まり返った部屋に響く。
「悠、身体が冷えないうちにベッドに戻ろう」
悠を抱き締めたまま圭が言った。
「今夜の圭、別人みたい」
圭の胸に頬を寄せ悠はいった。
「そうかな?」
「えっ、何すんのよ!」
「ベッドに戻るんだよ」
圭は軽々と悠を抱き上げ、ベッドルームへ向かった。
「降ろしてよ、自分で歩けるから!」
「だめ、俺が連れてってやるからおとなしくしてなさい」
そして圭は、寝室まできて悠をベッドに降ろすと、自分もベッドに入ろうとした。
「ねぇ、なんで? いつもは隣のソファベッドで寝てくれるのに、圭、まさか、まだ・・・」
そんなことはあってほしくないと悠は思った。
「ん? いやだなぁ、そんな顔するなよ、もうしないよ」
圭はあっさりと答えた。
「じゃ何で? 明日は早いのよ!」
起き上がろうとした悠だが、圭に遮られて再びベッドに横たわってしまった。圭は悠を見下ろして言った。
「わかってるって。ただ、おまえと添い寝したいだけだよ」
「添い寝!」
「そ、添い寝。おまえと一緒に寝たいんだ。いいだろ?」
圭はゆっくり身体を悠の脇に横たえ、悠を抱き締めた。
「な、いいだろ?」
耳元で甘く囁き、そっと頬にキスをした。
「ったく、そのかわり、おとなしく寝てよね」
「ああ、おやすみ、悠」
「おやすみ、圭」
程なく、月明かりが差し込む静かな部屋に寝息が聞こえてきた。
0コメント